今回、我々は長谷観音の用材が育った山に登山いたしました。地元では長谷観音の故地である事が今でも伝承されており、それを示す絵図には三つの頂を持つ嶽山が観音霊木があった山で、その真ん中の頂に昔は観音を祀る堂宇があったが江戸時代に山の中腹に移されたと伝えています。その後近年になり、里まで降ろされ、今はその跡のみが残っています。

『長谷寺縁起文』には、長谷寺開山にして、西国観音霊場を草創された徳道上人が初瀬の地に、人々の諸願成就のため観音像を作ろうと志し、用材を探すため師である道明に相談した。すると道明は神河(今の初瀬川)に祟りをなす霊木が捨て置かれているがこれを使うと良い、と伝えた。実はその前日の晩に道明は霊木の夢を見ており、まさにこれが奇瑞である確信したという。

その夢の中で霊木に付き従う翁が言うには、近江国三尾前山の白蓮華谷に長く横たわっていた霊木が継体天皇の時代(517年)に洪水で志賀郡大津の里に流れ出て、数奇な運命に流され、初瀬川に捨て置かれたと言います。三尾前山白蓮華谷に長く横たわっていた場所こそが以前長谷寺が建立した碑が立つ場所付近と考えており、その霊木が育った山が今回登った嶽山と考えられます。

山自体は500mほどの低山ではありますが、その道中は粘土層あり、堆積層ありの洗掘による歩きにくい山道でした。2時間ほどで山頂に着き、中腹のお堂跡と山頂の石像の観音様に法楽を捧げました。長谷観音の黎明の時代に想いを馳せ、感慨もひとしおでした。

聞くとこの山は奈良時代には杣山(材木を切り出す山の事)として東大寺や法隆寺に材木を輸出する場所であったそうです。今は松などの低木が閑散として生えており、1500年ほど前との植生の違いを感じました。

琵琶湖の景観も綺麗でちょっとした登山としても楽しめますので、お近くに来られましたら登られるのはいかがでしょうか。

紅葉の状況

今朝は7時20分ごろに与喜山と愛宕山の間から太陽が昇ってきました。霜も降っており、吐く息は白く、気温は4度。長谷寺の境内に日が射すと、黄やオレンジ、朱や赤の種類によって違う紅葉が輝き始めます。

同時に太陽の光がお堂の中に差し込み、勤行は佳境を迎えます。その景色は神々しく、写真を撮るのを忘れるほどでした。

これは前日の画像です。長谷寺の紅葉、そろそろ見頃です。明日からもみじ布教法話が始まり、少しひんやりとした境内で秋を味わってみてはいかがでしょうか?

昭文社ムックから「日帰り大人の小さな旅 絶景めぐり」で長谷寺(P35)の牡丹が咲く景色が紹介されています。関西の絶景が数多く紹介されていますので、出会ったことのない景色を見られるのではないでしょうか。

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11月8日の今日は立冬、暦では冬になりました。暑い日が長かったせいか”寒さ”を懐かしく感じます。

去年の同じ時期の紅葉の色づきを見ると、今年は若干遅いようですが、今週末に気温が下がる予報。今月末あたりから綺麗な紅葉が観れるのではないかと思います。

長谷寺は昔から紅葉の名所だったようで、初瀬の地で詠まれた歌が残っています。その中で特に有名なのが、大伴坂上郎女が詠んだ。

こもりくの初瀬の山は色づきぬ しぐれの雨は降りにけらしも

でしょう。作者のいる場所から、初瀬の地の紅葉が色づいて綺麗だろうなと、何度となく紅葉期に来たであろう初瀬を、時雨が降った時に想像して詠んでいます。

長谷寺本堂にはこの歌を刻んだ碑があります。昭和を代表する作家、里見弴が墨書したもので、「登廊」登ってすぐ右手にありますので、探してみてください。

和楽

小学館から発売の『和楽』に長谷寺本尊十一面観音様(P192)が紹介されています。今号は日本に伝わる十一面観世音菩薩の特集が組まれ、古い時代に十一面観音がいかに信仰され守られ続けてきたかが分かる内容となっています。

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総本山 長谷寺の様々な写真を掲載

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